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水谷隼はレーシック失敗が引退の理由?後遺症はどのくらい続くもの?

卓球競技日本人初、シングルスでのオリンピックメダリストとなった、東京オリンピックの日本代表、水谷隼さんについてご紹介していきたいと思います。

 

2005年、まだ15歳10ヶ月だった水谷隼さんは、男子史上最年少(当時)で世界卓球選手権日本代表に選出されました。

2010年の全日本卓球選手権では、シングルス戦の初戦から圧倒的な力の差を見せつけ優勝し、その後史上初の男子シングルス5連覇を達成し、4大会連続オリンピック出場など、様々な活躍で日本の男子卓球界を長年引っ張ってきた注目の選手です。

 

2021年に開催された東京オリンピックでは、混合ダブルスで初となる金メダルを獲得し、男子団体では銅メダルを獲得しています。

しかし、男子団体銅メダル獲得の翌日に、かねてから治療を続けていた目の疾患が思わしくないことを理由に現役を引退する意思を表明しました。

 

この記事では水谷隼さんのレーシック治療や、現役引退理由についてまとめてみました。

また、水谷隼さんのレーシック失敗の噂や、レーシックの後遺症についても調査しています。

 

この記事でわかること

・水谷隼さんの引退理由はレーシック治療の失敗か

・レーシックの後遺症について

水谷隼はレーシックに失敗した?

水谷隼さんがレーシックに失敗したということは公にはされていませんが、恐らく失敗しているのではないかと思います。

水谷隼さんは元々視力が弱かったようで、2013年に左目のみレーシックを受けています。

大舞台ではライトアップされた卓球台やLED看板によっても見えづらく、2019年の世界卓球からは、写真のような眼鏡やサングラスをかけて試合に望んでいる様子が記録されていますが、近年では普通の照明でも見えづらい環境が多くなっていると語っていました。

水谷隼の卓球引退理由はレーシック失敗?

水谷隼さんの卓球引退理由もレーシックによる失敗ではないかと思われます。

 

水谷隼さんは最善策を見つけるため、眼鏡やサングラス、カラーコンタクトを試しています。

しかし、カラーコンタクトは視界が暗くなる分ボールが見えやすくはなるが、球の回転などが見えにくく、サングラスはズレたり汗で曇ってしまうなどの欠点もあったようです。

 

記者会見では「目が完治するならば40歳、50歳になっても卓球をやりたい」「現在は治療法が無いということで悔しいですけど」と発言していました。

 

このことから、水谷隼さんの引退理由はレーシック失敗による後遺症で間違いないと思われます。

レーシックの後遺症はどのくらい続く?

現在のところ後遺症への治療法はなく、レーシック治療は一度しか受けられない治療なので、生活に支障をきたさないように最善策を探すほかないようです。

 

しかし、水谷隼さんはレーシック治療の不具合に悩む患者が訪れるクリニックに足を運んでおり、寝ている間にオーダーメイドの専用コンタクトレンズを目に装着することで、角膜の形状を矯正する「オサート」という近視治療を行っているそうです。

 

この治療で少しでも、水谷隼さんの視力が戻る事に期待をするしかないようです。

まとめ

水谷隼さんのレーシック失敗の噂や、引退理由についてまとめてみました。

 

記者会見で「今後卓球からは完全に離れる」と語られていたので、指導者や解説者等の道は考えていないと思われますが、目が戻れば復帰を考えているとも語っていました。

 

現在進められている治療で一日も早く視力が回復し、本領発揮したキレのある卓球が、また見られることを期待しています。

水谷隼さんがどのような道に進むかは発表されていませんが、今後の活躍も応援したいと思います。