人物

原大智の大学や高校はどこ?モーグルと競輪の二刀流選手ですごい!

2022北京オリンピックのモーグル代表・原大智(はら だいち)さんは前回2018平昌オリンピックのフリースタイルスキー・モーグルで銅メダルを獲得し、日本人男性として史上初めて表彰台に立ったことで話題になりました。

オリンピック後の原大智さんは競輪のプロとしてデビューし、モーグルとの二足の草鞋を履く競技生活を実践しています。

この記事ではそんな二刀流選手・原大智さんが競輪へ進んだ理由や、原大智さんの大学や高校などを調べてみました。

 

この記事でわかること

  • 原大智の大学や高校について
  • 原大智のモーグルと競輪の二刀流選手生活について

原大智の大学や高校はどこ?

原大智さんの出身高校はカナダにあるカナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミー(CSBA)です。

CSBAはカナダの西端ブリティッシュコロンビア州にある北米最大級のスキーリゾートで有名な町・ウィスラーに所在し、州政府がウィスラーで唯一認可しているスポーツ専門学校です。

原大智さんは渋谷区広尾の小中学校を卒業した後にモーグルの練習に集中できる環境を求め単身で海外へ留学しました。

留学時点で原大智さんは英語がまったく話せなかったそうですが、16歳の男の子が言葉も文化も違う国で家族も知人もなくひとりで生活することを決断するのはとても勇気がいることですよね。

 

小学6年でモーグルを始めたときには既にオリンピック出場の夢を持っていたという原大智さん。

東京都渋谷区生まれ育ちで雪が降り積もらない地域に住んでいた原大智さんは、中学時代は新潟県で下宿をしながらスキー場に通っていた時期もあったそうです。

中学卒業後は北海道や新潟など豪雪エリアの高校への進学を考えていましたが、ご両親が「カナダ留学という選択肢もある」と提案してくれたことで進路が広がります。

当時カナダは世界的な大会で表彰台を独占していたというほどモーグルに強く、原大智さんもカナダに行けば強くなれると思い留学を決意したそうです。

約4年半の留学生活は言葉の壁や文化の違い、毎日ポテトと肉だけだったという食事情などから辛いことが多かったという原大智さん。

とにかくモーグルがうまくなりたい気持ちとお金を出して留学させてくれたご両親を失望させたくないという思いから、後に“修行”だったと振り返る留学生活を必死に乗り越えたそうです。

モーグルのスキルはもちろんながら英語力とメンタル面の強さも手に入れて帰国した原大智さんは、後に「カナダ留学がなかったらメダルは取れていなかったかもしれない」と話しています。

 

帰国後、原大智さんは日本大学のスポーツ科学部競技スポーツ学科に入学します。

大学への進学を決めたのは競技引退後の将来を考え自身は何ができるのかを学びたかったからだそうですが、現在は競輪の道へ進んだこともあり休学中です。

同学科の同期にはスノーボーダーで二大会連続の五輪銀メダリスト・平野歩夢さんがいます。

原大智はモーグルと競輪の二刀流選手!

平昌オリンピックで日本人男性初のメダル獲得を成し遂げ、モーグルでの将来を期待された原大智さんが競輪との二刀流を目指したのは何故でしょうか?

 

平昌オリンピックの翌シーズン、原大智さんはモーグルの世界選手権で銅メダルを獲得するなど実績を積み上げ増々今後に期待のかかる選手へと成長します。

ところが躍進シーズンが終わった2019年4月、原大智さんは日本競輪選手養成所の特別選抜入学試験に合格したと発表し周囲を驚かせます。

“特別選抜入学試験”とは世界規模の大会で優秀な成績を収めた人のみが受けることができる特待生枠ですが、合格者は12年ぶり史上8人目だったこともあり合わせて話題となりました。

原大智さんは同年5月の入所式で次のように語っています。

「競輪はトレーナーに勧められたことがキッカケ。平昌のときには競輪選手になると決めていた。1年くらいモーグルから離れるがトップレベルに戻れる自信はある。2022北京五輪を目指します」

原大智さんは“今まで誰もやったことがないことをやりたい”という強い思いを抱き、「二刀流への挑戦」のために大学を休学して競輪の道に進んだようです。

 

原大智さんは華々しい競輪養成所入所から一転、記録会の規定タイムをクリアできず退所の危機に追い込まれるなど厳しい苦労を味わいながらも一年間の訓練に耐え無事に卒業することができました。

原大智さんは2020年5月にプロ競輪選手として念願のデビューを果たし、半年後には初優勝を決めています。

 

2022北京オリンピックの出場内定で自身の掲げた「二刀流への挑戦」のステージに立つことができた原大智さん。

内定後のインタビューで「競輪で鍛えたフィジカルが、モーグルのターンの切り返しに良い影響を与えてくれていることを実感している」と手ごたえを語ると共に、五輪後はモーグルを引退し競輪選手として上を目指すと表明しています。

もともと原大智さんは競輪養成所入所時に次のように語っていました。

「競輪とモーグルをできるのは今しかない。これで立ち止まったら何もない人生になる。僕にしかできないことをやりたい」

原大智さんは全く異なる競技を二刀流で続けていくことに対し“自身の心と体が持つのは北京五輪まで”と心に決めていたようです。

原大智さんは自身で語った「北京オリンピックに出場してメダルを取って二刀流が成功する」という言葉のとおり、いま正に夢の実現に向けてラストスパートをかけているところかもしれませんね。

まとめ

原大智さんがモーグルと競輪の二刀流選手になった理由や、大学や高校などを調べてみました。

ご両親の後押しがあったとはいえ、わずか16歳でのカナダへの単身留学を決めたことや全く異なる競技を常にトップレベルで更新していこうと二刀流に挑戦する強い信念に驚かされますね。

いま取り組んでいることに真摯に向き合いながらも、その先の人生も視野に入れて行動に反映することができるからこそ前回大会で五輪メダリストになれたのかもしれませんね。

そんな熱い思いを抱く原大智さんなら、北京オリンピックでのメダル獲得やその後の競輪人生での活躍も期待ができますね。